習熟度別授業

 懐かしいですね。高校時代は…。
 習熟度別授業についての記事があったので、TBしてみようと思います。
 はじめまして、あやこさん。
 私の高校の場合、高1は習熟度別でしたね。私学だったから中3からかも…すっかり忘れてしまいました。恐らく、高1で数学のみ習熟度・高2で文理別+理系ELITEクラス・高3で理系ELITE+国立文型+文理別だったと思います。
 中一からずっとテストケースに良く使われた学年でしたから、数学のみのテストでした。
 うちはクラス分け試験で、単にボーダー取ったかとらないかだった気がします。
 私は、数学が嫌いだったので、当然のように下のクラスでしたね(笑)
 ま、数学は無理だよって思っていたので、上のクラスに行きたいとも何とも思いませんでしたし、興味も無いので放って置きました。
 国立文型クラスに入った時は、数学の授業がありましたけど、受験に必要ない分野については世界史の自習をしてましたから、8点なんて取りました(笑)
 いまだに数学は良くわかりませんね(笑)
 こういうのがいると、理系エリートクラスにいるような人の足手まといになるんじゃないかと。
 まあ、もう少しのんびり数学をやっていたら、今頃生物関係の研究でもしていたんじゃないかと密かに思っているわけですが…数学できないクラスの人間にとって見れば苦痛以外の何者でもないですから、陳情に来るだけマシなんではないでしょうか。(笑)
 と書いたところで、以前にこういう記事を書かれていらしたんですね。
 クラスを上げようとする気が無いので、2 はないですけど(笑) 1 に関しては仰るとおりだと思います。
 余談ですけど、茶髪に関する記事を発見しました。
 茶髪に関しては、私の学校も禁止されていましたが…なぜ禁止なのか高校生にとっては理解できませんでしたね。
 それでも、ホームルームを使って丁寧に話し合いをしてくれた先生がいました。
 いまだに、茶髪禁止の意味は解りませんが、高校生たる身分における「自由と責任」についての話題になり、ある程度の納得には至った気がします。
 今ならば、茶髪禁止について納得は出来ないものの、「自由と責任」の教材としてならば納得しますけどね。
 なぜそういう拘束が必要なのか。なぜ、それをわざわざ守らないといけないのか。個人の自由をなぜ高校が制約するのか。高校生にとって見ればさっぱり解らない。解らないのに、無意味に束縛する。それに反発したい気持ちもあるでしょう。
 感情論では高校生は納得しません(その時のホームルームの印象です。)。きっちりとした理論があって、説得的な理由があって、初めて高校生は理解する。そこに、社会的に…とか、皆が…とか、大人の説明をしても、誰も納得はしませんよ。高校生は、社会の流れを知りませんし、大人としての対応をまだ身につけていません。
 校則というせっかくのいい教材、自由の裏には社会では責任がついて回ることをしっかり教えて欲しいものです。

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