靖国参拝の反応
小泉首相の靖国参拝について、中国や韓国が早速批判をしているようだ。さすが特定アジア、素早い対応である。
現実と想像
「百聞は一見に如かず」ということわざがある。また、アタマの中だけで作られた考え方を「机上の空論」と言ったりする。どんな立派な論理も経験が伴っていなければ現実味も説得力も無いという事を意味する。だからこそ、天文学者は計算式を元に現実をとらえようとするし、ジャーナリストは現場に行って現実をとらえようとする。日本はこれまで61年間、戦争を体験しないできた。実際に記憶に残っている人でも65歳、実際に兵士として戦争を経験した人は80近くに。兵を率いた人になれば、もうほとんどおられないだろう。
私を含めて大多数の戦争未経験者が、戦争を想像しながらああだこうだ言う時代になった。
テレビに映る至る所での戦闘行為は、生々しい現実までは伝えない。実際に映る光景は、銃を撃つ光景か、戦闘機や戦車が砲弾をぶっ放して火の手が上がる光景、そしてその後に残された自然災害と変わらない崩れた都市の映像で、遠く離れた日本からは映画やゲームの映像と大して変わらない。
読書感想文のように、戦争は悲惨だと考えるしか無いのだ。
過去に起きた現実
しかしながら、同様の光景が日本でも、近辺の「アジア」や東南アジアでも現実に起こっていた。多くの日本兵もまた、戦場に赴き亡くなって行った歴史がある。
広島/長崎の平和記念公園や話題の知覧の特攻隊記念館ももちろんシンボルだとは思うが、靖国神社はその過去の現実を現在に伝える最大のシンボルだ。巨大な鳥居を抜けたあの空間には、国の未来を思い、あるいは家族の未来を思い、もしくはその名目で現実に戦争によって戦死した多くの人々がまつられている。
その彼らが守ろうとした未来を生きる我々が、彼らに感謝をするとともに、日本で現実に起こった戦争という惨禍を直視し、再び惨禍が起こる事のないように誓う。
「アジア」の安定を損なう国家を賛美する政府や、チベット侵略を解放だとしか考えられない国粋主義国家の政府の皆さんには、自らが行っている事が戦争の賛美であるからこそ、日本もまたそのようにとらえているのであろうとしか考えられないだろうが、日本人の大多数が靖国をタブー視し、直視しないようになった時、そのときこそ日本に国粋主義が芽生えたといって非難するのが妥当であろう。
靖国は彼らのいう 「『歴史』の直視」に適した場所だからだ。
靖国参拝を反対する人も賛成する人も、終戦記念日とはいわずにいつでもいいから、一度実際に行ってみた方がいい。
あの厳粛な空気に包まれた時、侵略をしようだとか、再び戦争を起こそうなどと考えるなら、どうかしていると思う。
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